〜ストレスは健康のもと〜

筋肉ドクター  小島 央

目次

はじめに

1 ストレスとはなんのこと?
2 ストレスが体に悪い理由 (ストレスは万病のもとか?)
3 ストレスが体に良い理由 (ストレスなしには生きられない)
4 ストレスの利用法(発想の転換)
5 ストレスで勝つ!(ストレスに勝って仕合わせに生きよう)

まとめ
 

 

はじめに

この「ストレスは健康のもと」というのは、京都大学名誉教授の新宮秀夫先生が私に共著でこのタイトルの本を書かないかと言って頂き、新宮先生は最初に目次を書いてそれに肉付けをするという執筆スタイルだそうで、まず送って頂いた目次にそって私なりに書いてみたのがこの内容です。

 

1 ストレスとはなんのこと?

Hans Selyeは、元々内分泌学者だったようだが、様々な研究で報告されている特異的ホルモンの作用をHans Selyeが調べると 、その研究と同様の反応が得られなかったそうだ。
これはどうやら彼がかなり不器用だったようで、彼が合成したホルモンは他の研究者が作る純度の高い物質ではなかったために、目的のホルモンの反応が得られなかったことが分かったそうだ。

そこで挫折するのが凡人だがHans Selyeはセレンディピティ(何かを探しているときに、探しているものとは別の価値あるものを見つける能力・才能)を発揮し 、自分の失敗した純度の低いホルモンに対して生体が同じ反応を起こしていることを発見した。
この非特異的な外的な刺激(ストレッサー)による反応を、本来物体の歪みを指す工学の用語であった「ストレス」と表現した。

ストレスは元来は機械工学的な用語で,物体を圧縮したり引き伸ばしたりしたときにその物体に生じる応力を意味する。
Hans Selyeは、ストレスを「外部環境からの刺激によって起こる歪みに対する非特異的反応」と考え、ストレッサーを「ストレスを引き起こす外部環境からの刺激」と定義した。

 

このストレスは当初、副腎皮質重量で計測され、 図のようにストレスがかかり続けると、最初に警告反応期が起こり、抵抗力が低下するが、その後抵抗力が増す抵抗期が起こり、そしてストレスがかかり続けると疲憊期に至り抵抗力が無くなると言っている。これは非特異的な反応であると汎適応症候群と述べている。

現在ではこのストレス反応を副腎皮質重量ではなく、副腎皮質ホルモン(ステロイドホルモン)から計測できるようになっている。

そして、この外的環境からの刺激というのは、何も物理的なものだけに限らず、内部環境である精神的なものでも副腎皮質ホルモンが増加し、同様のストレスになり得ることが現在分かっている。

このように現在、ストレスとは様々な外的刺激、物理的、化学的、生物的、心理的ストレッサーによって引き起こされる非特異的な生体反応と言える。

 

 

2 ストレスが体に悪い理由 (ストレスは万病のもとか?)

確かに、ランニングでも最初はきつく感じる警告反応期が起こり、走っているうちに楽になるランニングハイな抵抗期になり、それでも走り続けると疲労困憊して疲憊期を迎える。日焼けでも最初は暑く感じる警告反応期が起こるが、徐々に抵抗期に ポカポカと気持ちよくなり寝てしまったりすることもあるが、それでも焼き続けると疲憊期となり火傷状態になってしまったりするというストレスに対する反応が起こる。

精神的にストレスフルな職場などに勤務し出すと、最初はきついが慣れてくる。しかし、その環境にい続けると過労になるとも考えられる。

このように、色々な慢性的ストレスにより疲弊し、様々な病気を引き起こすと考えられている。


このストレスで上昇する副腎皮質ステロイドホルモンであるが、臨床の場では強力な抗炎症作用があるので薬剤として多用されるものである。

 

ステロイドというのは、上記ステロイド骨格を有する化合物で、副腎皮質から分泌されるもので、有名なのは糖質コルチコイドと呼ばれるコルチゾールと鉱質コルチコイドと呼ばれるアルドステロンがある。

アルドステロンは電解質の補正に働くホルモンで、一般的にストレスホルモンと呼ばれるものはコルチゾールのことで、臨床の場で使われるストロイドと呼ばれるものはコルチゾールの誘導体である。

スポーツ競技などのドーピングで有名になった筋肉増強剤であるステロイドというのは、男性ホルモンのステロイドであるテストステロンの誘導体であるので、病院で処方されるステロイドとドーピングで有名なステロイド(アナボリック(蛋白同化)ステロイド)とは作用が異なる。
テストステロンは副腎皮質でも作られるが、男性では精巣でも作られる。

そしてこのコルチゾールの誘導体であるステロイドの副作用は、満月様顔貌、免疫力の低下それに伴う易感染性、胃潰瘍、造血障害、出血傾向、中枢神経症状、肝障害、腎障害、高血糖、整形外科領域で言えば骨粗鬆症、特発性大腿骨頭壊死など、強い副作用のある薬剤である。

ストレスに晒され続けているということは、このステロイドホルモンが高い状態が維持され続けているので、同様の副作用が惹起されると考えられる。

 

余談だが、ステロイドというのは体内では上記化学式のコレステロールから合成される。
現在、メタボリック症候群と言えば高コレステロール血症などと何かと悪ものというレッテルが貼られているコレステロールだが、ステロイドホルモンの原料として必要なものである。
ただし、コレステロール自体も体内で合成出来るもので、体外から摂取が必須のものではない。ちなみに植物食だけの食事では、コレステロールの摂取量はゼロになるそうだ。

ストレスの話に戻りましょう。
人間の神経系は自分で意識して筋肉を動かせる随意神経である体性神経と、自分で動かそうと思っても動かせない汗を出すとか腸を動かすとか心臓を動かすといったことを支配する不随意神経である自律神経とで成り立っている。
その自律神経の中に、ストレス状態になると活動する交感神経と、のんびり食事をする時などに活動する副交感神経がある。

そして、ストレスにより交感神経の緊張状態になると、副腎皮質からだけではなく副腎髄質からもアドレナリンという物質が分泌される。このアドレナリンの作用により血管が収縮することになり血流障害が発生し、血圧も高い状態になってしまう。
安保徹によると、この自律神経系である交感神経と副交感神経がそれぞれ白血球の中の顆粒球とリンパ球と関連しているそうだ。そして、交感神経の緊張が続くと顆粒球の働きが強まり活性酸素が増加するとのことだ。顆粒球というのは最近を殺す(貪食する)細胞で、その際活性酸素を放出し、細菌を殺すそうだが、この活性酸素というのは組織を老化させる作用があるとされ、様々な老化現象の原因だと考えられている。
また、ストレス状態になると副交感神経が抑制され、リンパ球の減少し免疫力が低下、排泄、分泌能力も低下する。それによって便秘などにもなりやすく、感染症に罹りやすくなり、老化も加速し癌などの原因にもなるのではないかと述べている。

一般に「ストレスは万病のもと」などと言われ常識化している発想も、この汎適応症候群、副腎皮質ステロイドの上昇、交感神経の緊張を元にした考え方だと思われる。

 

 

3 ストレスが体に良い理由 (ストレスなしには生きられない)

前章で非特異的な反応としてのストレスを説明したが、しかし、ストレッサーが強すぎればストレスを感じる前に死に至ることもある。
日焼け程度のストレッサーならば汎適応症候群のカーブを描くかも知れないが、火に飛び込めばその前に火傷で死んでしまう。マラソン程度のスピードで走れば汎適応症候群のカーブを描くかもしれないが、全力疾走で走り続ければ抵抗期も無く倒れてしまうだろう。
また、逆に自転車に乗るなどといったことは、乗れない人にとっては大きなストレスではあるが、それを乗り越えて乗れるようになればストレスのない抵抗期と考えられるかもしれないが、その後自転車に乗り続けたからといって疲弊することはない。
学習や努力というものも、最初はストレスなものであるが、慣れて出来るようになってしまえばストレスでなくなり疲弊しなくなるものも多い。

筋力トレーニングというものも、肉体に高強度なストレスを与え、それに慣れる(適応する)という反応を利用することである。
そういう習慣を続けるうちに、肉体自体に変化を起こし、同様の強度ではストレスにもならなくなるため、更に高い強度のストレスを与えるという作業を繰り返すことになる。
この筋トレという運動も、ずっと同じ強度でストレスを与え続けたからといって疲弊するという性質のものではない。

感染症の予防に使われるワクチンは、毒性を無くしたかあるいは弱めた病原体から作られ、弱い病原体を注入することで体内に抗体を作り、以後その感染症に罹らなくする ものである。これも事前に弱いストレスに慣らす(免疫を作る)ことで、通常なら死ぬような強いストレスを与える感染症にかからなくするという人間体内のシステムである。
集団生活というのは感染症のリスクが高いが、感染症への耐性が出来やすい。狩猟採集民族を農耕畜産民族が駆逐出来たのは、何も武力だけではなく、狩猟採集民族は小集団の生活で感染症の耐性が低かったために、大集団生活する農耕畜産民族がかからない感染症にかかって死んでしまったのも影響しているとJared Diamondは「銃・病原菌・鉄」の中で指摘している。
これもストレスの中で生活した人間の方が強いという好例であろう。

このように、ハンス・セリエが非特異的反応として述べたストレス反応だが、凡適応症候群のようなカーブを描かないストレスも現実に多数存在することが分かる。
様々なストレッサーに対する非特異的なストレス反応という発想は、価値ある考え方ではあるが、このように必ずしもストレスは身体に悪影響を及ぼすものばかりでは無い。

また、ストレスのない無菌状態で十分に餌を与え飼われた実験動物などは、成長してから自然環境に戻すと抵抗力が獲得できておらず死んでしまうことも知られている。
高福祉社会がこの実験動物のように、福祉も行き過ぎると抵抗力の無い人間を作ることになるかもしれないと、微生物学者のRene Dubosが昔から指摘していることである。

また、実験発生学者のWilhelm Rouxは、活動性肥大の原則、不活動性萎縮の法則、長期にわたる機能向上制限による器官の特殊な活動能力減退の法則、合目的的構造の機能的自己形成の原理、簡潔に言えば、身体(筋肉)の機能は適度に使うと発達し、使わなければ萎縮(退化)し、過度に使えば障害を起こすと述べている。
これもストレスが無いというのは能力低下につながり、適度なストレスの必要性を述べていると言える。
 

 

有名なスキャモンの発育曲線(上記左図)は20歳まで人間の身体機能は発達することを示しているが、その後加齢変化とともに全身の臓器の機能低下が見られること (上記右図、Shock NW 老化生物学ハンドブック1977より改変)もよく知られていることである。
筋力も例外ではなく、20歳を過ぎると日常生活程度の運動をしていても年間1%の筋力低下を起こすことが分かっている。

そして、床上安静を強いると、筋力は1日0.5%、心肺機能は1日1%の機能低下を起こすことが実験的に証明されている。 更に、宇宙のような無重力状態にいると、筋力は1日1%の機能低下を起こすと言われている。

つまり、通常の生活をしていても体力は20歳を過ぎると徐々に低下するものであるが、床上安静にするとその1年分が2日で低下してしまうことになる。
80歳まで日常生活程度の運動だけ続け、体力が全盛期20歳頃の40%に低下したご老人を1ヶ月寝たきりにすると、更に15%体力が低下し全盛期の25%の体力にまで落ち込んでしまうことになる。
このことから、老人を安静にすることの危険性が分かるだろう。老人から未来を奪うのは簡単だ。寝かせておけば良いのだ。

そして、筋断面積と筋力は比例すると言われているが、加齢変化の影響を一番受けると言われている大腿四頭筋(膝を伸ばす筋肉)の筋肉量が体重1kgあたり10gをきると自分の脚で歩くのが困難となると言われている(『貯筋通帳』福永哲夫より)。


そもそも、恒常性Homeostasis(生物のもつ重要な性質のひとつで生体の内部や外部の環境因子の変化にかかわらず生体の状態が一定に保たれるという性質、あるいはその状態を指す)は生物学の基本とも言われ、恒常性の保たれる範囲は体温や血圧、体液の浸透圧やpHなどをはじめ病原微生物やウイルスといった異物(非自己)の排除、創傷の修復など生体機能全般に及ぶとされている。
しかし、環境からのストレスにより常に体内環境は変化し続け、発育、老化によっても変化し続けている。これを恒常性と呼んで良いのだろうか?

血圧、心拍数、呼吸数、体温はバイタルサインと呼ばれ、ある程度の範囲内にあることが望ましく、それを恒常性と呼んでいる。この恒常性が崩れると生存の危機となるため、変動しながらもある一定の値の範囲内にあるのが恒常だというわけだ。
同様に血液検査なども、基準値内に収まることを良しとしている。
これは確かに短期的な生存の危機的状況に対応する反応の捉え方としては正しいかもしれない。

しかし、血糖値などは加齢による耐糖能の低下とともに上昇していくもので、それが生活習慣によって早く訪れると、糖尿病と呼ぶ。
しかし、人間がもし150歳まで生きたとすると、全員が糖尿病で肺気腫になると言われている。
そう考えると、加齢変化で血糖値も徐々に上昇していくことが通常の人間の変化であり、長期的に見れば恒常だとは言えない。

健康に生きるというのは、物質的には常に入れ替わる代謝回転が行われながら、平衡状態を保つことであり、これを動的平衡Dynamic equilibriumとRudolph Schoenheimerは呼んでいる。
これはどういうことかと言いますと、人間には60兆個の細胞があると言われているが、その全てが常に新しいものへと交換されていっている。そして、人間の細胞60兆個が全て入れ替わるのが約3ヶ月と言われている。要するに、人間は飲んだり食べたりしたものをエネルギーにするだけではなく、食べたものが身となり肉となるということだ。そして、古くなった身や肉は、尿は便などで排泄されるということだ。

これは当に鴨長明が方丈記で言った「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。」ということである。
ずっと同じ河に見えても河の水の流れは絶える事がなく、水は入れ替わり続けいていてずっと同じ水ではないということである。
この河と人間は同様なものであり、同じ人間と思っていても、物質は常に入れ替わり(代謝回転)、3ヶ月も経過すれば物質的には全く違う人間になっているということだ。
これは諸行無常を読んだものであって、恒常を読んだものではない。ということは、やはり動物の体内環境も無常であると言えるだろう。
常にストレスに適応しようという反応が起こり、体内環境が変化し続ける中で生きるという平衡状態を保つものが生物だと言える。

騒音環境での作業員の方は、最初は騒音を不快感なストレスと感じる。しかし、その環境下での作業を続けていくと、徐々に騒音が気にならなくなるということだ。この騒音環境で毎日作業し続けたからといって、疲憊することもない。
そして、そういった騒音環境での作業員の方が病院で健診を受けると難聴と診断されるらしい。しかし、騒音環境でないところで生きている人にとっては異常と言えるかもしれないが、騒音環境に適応したのであって、騒音環境に一般的基準で言う難聴にならなければ、慢性的にストレスを全身的生体反応として受けることになってしまう。そうなると、ストレスが引き起こす病気になるリスクが高くなってしまい、生体を守る目的で耳を聞こえにくく適応したとも言える。
このように、生体は適応反応を通して身体を変化させる。これを恒常性の崩れた異常と言えるだろうか。

また、『閑さや岩にしみ入る蝉の声(しずけさや いわにしみいる せみのこえ)』と、松尾芭蕉が元禄2年5月27日(1689年7月13日)に山形市立石寺に参詣した際に詠んだ発句があり、『奥の細道』に収録されている。
実際にそこへ行かれた方の体験談ですが、本当にそこへ言った時に耳をつんざくほどの蝉の鳴き声だそうだ。しかし、上記騒音環境と同様に、そのうちにその蝉の声が気にならなくなるらしい。まさに岩にしみ入る蝉の声を感じられたらしい。しかし、その状況で、蛙が水に飛び込む音が聞こえたりもするらしい。
同様に雑踏の中で母親は我が子の声を聞き分けると言われているのも、このような必要に迫られた適応反応とも言えるかもしれない。
しかし、これが録音したものだと全く聞き分けられないそうで、その辺は環境から五感を通した感覚なのかもしれないが、人間の能力の不思議なところだ。

そもそもストレスを除けば恒常性で健康になるというのが正しいとすれば、ストレスに適応して身体が変化するのは異常であるし、成長、加齢も異常ということになってしまうのではないだろうか?
要するにストレスを除いて安静にしていれば恒常性で健康になると言っている人は、機能的に成長しきった20歳から恒常性で変わらない妖怪みたいな人間が正常だと言っていることになるのではないだろうか。

これは臨床経験の中でも感じることである。
レントゲンやMRIなどの加齢変化を捉えて病的変化と言うかどうかは議論になるところであるが、多くの医師はそういった所見を“異常”所見と呼ぶ。
外から見えるシワや白髪は異常とは言わないのに、検査で中に加齢変化を見つけると異常というのはどうかと思うことがある。

以上のことより、ストレスを除けば恒常性により健康状態に戻るというよりも、ストレスを除けばストレスのない状態への適応反応が起こり、廃用状態へ動的平衡していくと考える方が正しいと思える。

実際、ストレスのない床上安静に医学的根拠はなく、Allen C.らは床上安静を支持する医学論文は一件も無いと1999年のLancetという医学雑誌で指摘している。
逆に安静による害というのは医学的に枚挙に暇がない。安静を強要されるエコノミークラス症候群は有名な話で、肺血栓塞栓症により死亡する例もあることが知られている。
安静により何かが治るという医学論文がまだ1件もなく、安静により死亡するという症例まであるのに、安静を支持する根拠はどこにあるのだろうか?

過労死問題では、労働時間が問題になったりするが、これも労働はストレスで体に悪いという観点からのものであろう。
しかし、過労と似た慢性疲労症候群と呼ばれる疾患では、名前からして慢性的疲労なら休養を取って安静のような気がするが、実際治療として運動を勧められている。
また、うつ病なども病気により安静にすることは勧められないし、運動の治療効果が認められている。
ストレスに晒されて病的な状態になった場合、ストレスを避けて安静にするというのが鉄則のように考えられているが、医学的にはストレスとなる運動を避けて安静にするというのは逆効果な場合が多い。

本来、動物というものは、高度なストレス(恐怖)に晒されると、Fight or Flight反応(闘争・逃走反応)と呼ばれ、その恐怖の対象と闘うか逃げるかするものなのです。じっとストレスに耐えるというのは動物として本来すべき行動で無いことは分かります。

また、感情と行動というものは一致しているものなので、落ち込んでいる人は落ち込んでいる身体の動きと表情を、喜んでいる人は喜んでいる身体の動きと表情をするものなのです。神経言語プログラミング(Neuro-Linguistic Programming)と呼ばれる心理療法では、この人間の性質を利用して治療するのですが、上を向いて口角を上げ、スキップしながら落ち込むことは出来ないと言っています。
同様に、全力を出す運動をやりながら人間はマイナスな気分を保てないものです。実際、運動施設の利用者を見てますと、精一杯運動してもらった後には皆さん来た時よりもテンションが上がって帰られます。

病気や怪我で医師を受診すると、 「とりあえず安静にしましょう」と言われたりしますが、これは医学的事実よりも「行動を起こさないリスクより行動を起こすリスクを恐れる」という人間のよく知られた性向のためかもしれ ない。
安静にせずに動きなさいと医師が指示して、患者に何か支障が出た場合、動けと言われて動いたらこんなことになったと文句を言う患者はいるかもしれないが、安静にしなさいと指示されて死亡したところで、医師のせいにする患者が皆無なことも、この行動を起こさないリスクより行動を起こすリスクを恐れるという人間のよく知られた性向のためだと思われる。
また、入院時に「安静のために入院しましょう」などと医師は言ったりするが、この時患者さんに別に安静にしてもらいたいと思っていないこともあるかもしれない。
「あなたの今の状態は急変する可能性があり、経過観察が必要で、急変時に即時に対応できる必要があり、また、手術的な対応も必要になるかもしれないので、即時に対応できる体勢が整った病院に入院しましょう」と言いたいところが「安静のために入院しましょう」と言う方が簡単なので 、使われていることも多いのではないだろうか。

何かと体調を崩したり病気をした時は、ストレスを避けて安静にすることが良いと暗黙の了解 になっているが、以上のことよりこれは全く根拠の無い都市伝説だと言える。

 

 

4 ストレスの利用法(発想の転換)

「若い時の苦労は買ってでもせよ」と言われるが、実際は若い時は苦労しなくても(日常生活程度のストレスででも)身体機能は向上するように出来ているため、 それほど過度のストレスを自分に与えなくてもそう問題となることはない。
もちろん、勉強やスポーツに努力した方が、より良い大人になるための良いストレスであることは当然ですが、逆にスポーツなどは過度にやり過ぎると骨格がまだ完成していない幼少期には、軟骨に障害が出やすいことも知られている。
逆に 身体機能を低下させないためには20歳を過ぎてからのストレスこそが重要で、 常に廃用状態にしない(ストレスをかける)ことが重要である。

思想家で教育者の森信三先生は「休息は睡眠以外には不要―という人間になること。すべてはそこから始まるのです。」と述べている。
起きている間はストレスを求め続ける。そういう態度が、いくつになっても人間を強く大きくするということでしょう。

心理学者のKelly McGonigalはTEDの「How to make stress your friend」という講演の中で、アメリカで3万人の成人を8年間追跡調査した研究結果において、前年にストレスを感じた人はそうでない人に比べて死亡するリスクが43%高かったが、ストレスが健康に害を及ぼすと信じている人たちだけに言えることだったと述べている。
要するにストレスは、「ストレスは万病のもと」という考え方を信じている人に悪影響を及ぼし、「ストレスは健康のもと」と考えている人には悪影響を及ぼさないということだ。
この研究によると米国で年間18万2千人がこのストレスが体に悪いと信じていた事によって死期を早め、米国の死因の15位になるそうだ。
また、このストレスに対する考え方を変えただけで、ストレスに対する身体反応の仕方も変わるそうだ。同じストレスを受けても、ストレス反応は有用なものと思っている人は心拍数が増えても、ストレスが体に悪いと思っている人ほど血管の収縮が起こらずリラックスしたままだったそうだ。
このことから、医療者がストレスは万病のもとだと喧伝することは、患者を増やすキャンペーンにはなっても患者を治すことに繋がらないと考えられる。

仏教のお釈迦様は「後悔をしてはいけない」と仰ったそうだ。これは、過去に起こったどうしようも無いストレスな出来事に対して、現在ストレスを感じているという二重のストレスであり、どうしようもない事に今そういうストレスを感じることは無駄だということだ。
同様に、昭和の哲学者、中村天風は、「取り越し苦労はしてはいけない」と言っていた。これも同様に未来にまだ起こってもいないストレスな出来事に対して、今ストレスを感じているということで、二重のストレスで無駄だということだ。
同じく、「ストレスは万病のもと」と考えることは、昔起こったストレスに今なにか病気になるのではないかと不安を感じたり、今起こったストレスによって将来何か病気が起こるのではないかストレスを感じたりと二重にストレスを感じることになる。
それならいっそうのこと仮に間違っていたとしても「ストレスは健康のもと」と考えて、二重にストレスを感じることを防ぐ方がより健康的な心を保てるのではないだろうか。

痛みや体調不良で結果的に動けなくて安静になることは仕方がないが、必要以上に安静にすることは医学的にも科学的にも勧められるものではない。できる範囲で動いてストレスを受けていくように意識することが重要 である。

急性外傷の応急処置であるRICEであるが、R:Rest(安静)、I:Icing(冷却)、C:Compression(圧迫)、E:Elevation(挙上)とRは安静を意味する。
これは、あくまでも患部の処置であり、全身を安静にすることではないのは、ほかのI・C・Eを見れば分かる。
まさか全身を冷却したり、圧迫したり、エレベーターに乗れってことだとは思わないでしょう。
にも関わらずこのRを、うちに帰って寝なければならないと曲解する人が多いのは、これも行動を起こさないリスクより行動を起こすリスクを恐れるという人間のよく知られた性向のためでしょう。
よって、外傷を受傷した場合でも、患部以外を安静にすることは身体に悪い影響をもたらす。

怪我や病気をした時でも受け入れられるストレスは受けた方が身体に良いという考え方が、どうやら正しいと思われるし、そう考えて行動することがより健康的だと言えます。

疲弊するような耐えられないストレスを慢性的に受け続けることは確かに健康を害する原因になると思われるが、以上のことより、耐え得るストレスを出来るだけ受け入れるということは、逆に健康に良い影響を及ぼすと考えられるのではないでだろうか。

 

 

5 ストレスで勝つ!(ストレスに勝って仕合わせに生きよう)

生きるとは、人生とは何だろうか?人は皆、自分の意志とは無関係に偶然生まれ、そして死ぬことは必然である。その中でどう生きるのが幸せか?

偶然生まれた人生をいかに必然の人生にして行き、当然来る死にどう意味を持たせるか。


人生における人間の仕事とは、「できること」が「やりたいこと」であり、それが「すべきこと」になった時に本当の仕事になると言われている。

「できること」「やりたいこと」というのは一見ストレスが無いように思われるが、人にできない自分の仕事「できること」を増やし世のため人のために「すべきこと」へと昇華させるのにストレスは欠かせない。


ストレスの無い何もない人生を送ることほどつまらないことはない。死ぬ時人生を振り返り、全くストレスが無くて幸せな人生だったと思えるだろうか。 ストレス無く飼われた実験動物のような生き方が良かったと思えるだろうか。

それよりも、自分で得られる最高のストレスを求め対峙した人生の方が、偶然生まれた人生を思い切り生き切った有難い生き方になるのではないだろうか。
人間、人と比較して、自分は不幸だ、自分だけ大変だ、自分はストレスが大きいなどと、損得勘定で考えがちだが、では、世界中のストレスを人類に均等に割り当てた方が幸せなのだろうか。
ストレスを乗り越えた先の達成にこそ、人生は喜びがあるもので、ストレスを感じている時、自分は不幸だ、大変だと思いがちなものだが、そういった時こそ自分はこのストレスを乗り越えて成長する機会を与えられている、ストレスは健康のもとだと考えることこそ良いストレスへの対処法だろう。

医者はストレスを発散しろ、ストレスを避けろというかもしれない。しかし、それがあなたの望む人生でなければ、何も言うことを聞く必要はない。
あなたの人生はあなたが生き切る必然であるべきなのだから。

 

 

まとめ

新宮先生の幸福論に関するある講演会のパネルディスカッションで、突然フロアにいた私に新宮先生が話を振られた。そこまでの話を聞いていた私が「幸せの反対は安静です」と答え、 それについて説明させて頂いた。それを新宮先生が御著書に引用して下さったのがこの「ストレスは健康のもと」の始まりです。

当時も今も、足腰の弱った患者さん?に安静や日常生活程度の運動、手術を指導する医療の現状に、私は不満があります。

そういった医療を受けて寝たきりになる人々を見ていて、幸福を安静によって奪われているなと感じていて、率直な意見として新宮先生に答えたのが「幸せの反対は安静です」という内容でした。

また、そういった不幸な状態になるとは知ってか知らずか、足腰が弱っているんだから運動をしなければならないと言っても、そんなことは出来ないとストレスを避ける人々が多い。
ただ、ストレスが足りない生活習慣を続けたがために起こった現状を、老化という運命だと決めつける人も多い。

この「ストレスは健康のもと」が皆さんのパラダイム・シフトとなり、少しでも健康な人、良い人生を送れる方が増える一助にでもなれば嬉しい限りです。